現代アートの魅力は作品と鑑賞者との対話にある、と考えた

現代アートの面白さ、それは作品への解釈の自由度にあります。
もっといえば、現代アートの楽しみは、作品と鑑賞者との対話、インタラクティブ性にあるのだと思います。

古典といわれる芸術作品は、とてもわかりやすい、という特徴があります。
わかりやすい、というのは、テーマと描かれる作品が理解しやすいということです。
たとえば、ルーベンスの『十字架降架』という作品があります。

絶命したキリストが十字架から降ろされる場面を描いた作品です。
この作品の意味は、「十字架降架」というタイトルではっきりと示されています。
タイトルから、場面の中心に描かれている、ぐったりとして白い布に包まれようとしている男性がキリストであることもわかります。
もうすこしキリスト教の教義、聖書に詳しければ、キリストの周囲を取り囲んでいる人物たちが誰なのか、がわかるはずです。
作品の意味を理解するには、宗教の教義や西洋の歴史について知識をもつ必要があります。
ですが、場面に描かれている人物なのか、物なのか、ということがわかりやすく描かれています。

翻って、現代アートはどうでしょうか。
今回の上野の森美術館絵画大賞を受賞した作品、根木悟の『TRAVELS#2』は抽象画です。

抽象画といえば、ピカソやブラックで有名なキュビスムと同列に「意味がわからない」という感想がもたれがちなジャンルの1つです。

これらの作品の「意味のわからなさ」というのは、描かれているのが
人物なのか、物なのか、
人物だとして誰なのか、男なのか、女なのか、
物だとして十字架なのか布なのか、
このようなことがわかりにくい、もしくはまったくわからない、ということに起因します。

また、タイトルも意味がわからない、もしくは、描かれているものとのつながりがわかりにくい、という原因もあります。
抽象画では、カンディンスキーの『コンポジション』シリーズが有名です。
描いてあるのは、色とりどりの図形と線。ときどき、何かを模したと思われる図像が出現するだけです。
タイトルの「コンポジション」は、構図、構成という意味をもっています。しかし、それ以上の意味はありません。
そのため、鑑賞者は、描かれているものが構図、構成であることしか理解できません。
描かれたものが構図、構成が、「なにの構図、構成なのか」は理解できないのです。

このような状況において、作品の鑑賞者は、作者に与えられたタイトルと作品の形相をもとに、作品を理解しようと積極的に参加することになります。
作家が作品を理解するための手がかりを完全に提示しないため、その欠落を補うために自分の知性や感性を働かせようとするのです。
砕けた言い方をすると、自分なりに作品を理解しようするわけです。

ルーベンスの作品が代表する古典作品は、完成されている、といえます。
作家は、タイトルと創作物のみによって、作品がいったい何をあらわしているか、を完全に説明しようとします。
その作品は、鑑賞者による別の解釈が差し挟む余地のない、世界を創作するのです。

一方で、抽象画という作品は、未完成である、といえます。
もちろん、作家自身は、その作品の創作を終了した時点で、完成させています。
しかし、タイトルもモチーフもわかりづらい作品は、鑑賞者によるさまざまな解釈が可能です。
そのため、作品は、受け手である鑑賞者の解釈により、作品の意味や魅力を変えられます。世界を変えることができるのです。
結果、その作品は、受け手である鑑賞者により完成させられる、ともいえます。
この考え方は、作家の創作性を無視しすぎている、かもしれませんが。

現代アートは抽象画よりも、作品そのもののテーマやモチーフがより抽象化しています。
上野の森美術館大賞の各賞の受賞作品でも、根木悟の『TRAVELS #2』、西原東洋の『FREE STYLE』、佐伯勝司の『女.100.1』は、かなり抽象的な作品です。
<作品はこちらか らご覧ください>

各作品のタイトルは、具体的な意味をもっていて示唆的ではあります。が、鑑賞者が作者の意図を理解するにいたるまでの材料は提供していません。

こうした、現代アートの抽象化は、作家の個性と内面の重視と表現形式の広がりによるものでしょう。
現代の作家は、作品が「どのように鑑賞者に受け止められるか」という点よりも、「自分の感性や思想がどれだけ表現できたか」という点を重視しています。
上記の受賞作品も作家自身が好む表現形式で、自分が感心を抱いているテーマやモチーフを描いています。ようするに、誰かに頼まれて描いているわけではなく、作家自身の「描きたい」という欲望に従って描いているのです。

表現形式も多様化してます。
デュシャンの『』、ダミアン・ハーストの『NaturalHistory』シリーズ、リクリット・ティーラワニットの『パッタイ』など、絵画や彫刻などという枠に収まらない作品が多数あります。

現代アートのこうした多様性は、「意味不明」と称される原因になっています。
しかし、鑑賞者からすると「意味不明な作品に意味を見出す」という面白みの源でもあります。
それは、作品を楽しむ自由を鑑賞者に与えてくれるのです。

「意味不明」と切り捨ててしまえばそれまでの作品たちを鑑賞し、自分自身の知性や感性によって作者がこめた思いや感性を汲み取ろうとすること。
また、作者すら意図しなかった作品の魅力を作り出すこと。
このように、作品と鑑賞を通じた対話を楽しむこと、それこそが現代アートの楽しみ、なのです。

【会場情報】
◆上野の森美術館-「第28回 上野の森美術館大賞」展
http://www.ueno-mori.org/taisho/28/visual-index.html
◆TAB-「第28回 上野の森美術館大賞展」
http://www.tokyoartbeat.com/event/2010/5AF9

【次の予定】
◆森美術館-「六本木クロッシング」展
http://www.mori.art.museum/contents/roppongix2010/index.html
◆TAB-「六本木クロッシング2010:芸術は可能か?」展
http://www.tokyoartbeat.com/event/2010/2976

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