ワッチ、してますか?

マグロ漁船で働く

もしも友人や親戚、はたまた会社の同僚からこの言葉を聞いたら、あなたは何を思うでしょうか。
おそらく大半の人が、

えっ!そんなにお金に困ってるの?

と思うに違いありません。
あなたの頭の中には、
危険で不潔、でも大金を儲けられて、借金まみれの人が半ば強引に乗せられる、
というマグロ漁船のイメージがあるでしょう。

しかし、それはどうやら漫画やドラマから無意識に仕入れてしまった知識とイメージのようです。
現代のマグロ漁船はイメージとはかけ離れて意外と過ごしやすく、反面、大金を得られなくなっているようです。
とはいえ、マグロ漁船の生活はとても厳しいようです。

まずは生活スペースです。
そもそも漁船は生活するように作られておらず、魚を捕らえて運ぶためにつくられています。
そのため、人が気持ちよく生活するスペースはありません。
漁をするための機材、マグロを大量に輸送するためのコンテナ、最低限必要なトイレや風呂、こうしたものにスペースを割いた後、最後に船員のためのスペースが割り当てられます。
そのため、船員一人に割り当てられるスペースは縦は2m、横は肩幅より多少広い程度だそうです。(もちろん、船の大きさや船員の多さによって変わってくるでしょうが)
また、ある船員の人の個人スペースは、マグロ漁船のエンジンの隣、工事現場よりもうるさい場所にあったそうです。

つぎに労働時間。
労働時間は1日平均17時間だそうです。
延縄漁(はえなわりょう)の場合は、朝6時に起床し、それからすぐに延縄の仕掛けを海に流します。
流す距離は、100km近くです。これに約5時間を費やします。
11時ごろ仕掛けを流し終わると、マグロが針に食いつくまで待ちます。
この待ち時間を利用して、2時間ほど昼寝をします。
起床すると後は延々、午前3時まで流した仕掛けを巻き取り続けます。すなわち、マグロを釣り続けるのです。
そうして、漁を終えるとまた3時間ほど仮眠し、6時を迎えると起床、仕掛けを流し始めるのです。
すごい厳しい環境です。
IT業界でこの状態は、おそらくデスマーチ、と呼ばれる状態です。

ちなみに、生のマグロを輸送する船の場合は、この海での生活が約40日間続きます。
40日の生活後、陸地に帰ってマグロをおろして休む期間はたったの3日。
しかも、3日のうち2日は次の漁の準備があるために、本当に何もない休日は実質1日だけ、だそうです。

最後はお給料です。
狭いスペース、長い労働時間、これだけ苦労すれば、いくら大金を得られなくなったとはいえ、さぞかし良い給料がもらえるに違いない、と思うでしょう。
が、40日間のお給料はたった30万円程度、だそうです。
もちろん、お給料はマグロの取れ高に左右されるので、あるときはもっと大金を得られることがあるかもしれません。
しかし、海という危険な職場で、充実しているとはいえない住環境、そして長く厳しい労働時間から鑑みたら、満足するお給料とはいえないでしょう。

こうした厳しいマグロ漁船の職場環境では、人間関係はギスギスしそうなものです。
少なからず、システム開発の現場がこのようであれば人はバタバタ倒れ、やめる人が続出しそうです。
しかし上述したように、マグロ漁船は意外とすごしやすいのだそうです。
それは、ギスギスしそうというイメージとは正反対に人間関係が極めて良好で、豊かなコミュニケーションを育んでいるからです。
豊かなコミュニケーションという文化は、漁師たちの厳しい環境での経験とその経験からの学びから生まれています。
そして、その言葉はとても示唆に富んでいます。

私が特に感銘を受けたのは、「ワッチする」という習慣です。
ワッチというのは、watch、すなわち「見る」ということです。
何を見るか、といえば、海です。
船の前方に広がる限り海を見つめ、船の先に障害物がないかなどを観察し、船の安全を確保するのです。
が、この作業は相当、辛いものです。
マグロ漁船が、魚場へつくまで延々と、1人2時間程度で交代しながら行う作業です。
ほとんど何もない海を見つめながら、2時間過ごすのです。
しかし、ほとんど何もないからといってよそ見をしたり、ほかの事をやりながら作業することはできません。
油断をしていると本当の危険を見逃し、船を危険にさらしてしまいます。
とはいえ、漫然と海を眺めていると寝てしまう、という危険もあります。

このため漁師たちはこの時間、その日に起きたことを反省したり、漁船内の作業をよくするための方法を考えることに当てるのだそうです。
寝るのを防ぎながら、内省を行い、自分の考え方や行動をよりよくしようとしているのです。

このワッチという時間は、漁師たちにとっては「何もしない」時間です。
もちろん、危険に備えた重要な予防活動ではありますが、時間の大半は、ほとんど何もない海原を見ているのです。
こうした「何もしない時間」を利用して、漁師たちは自分自身を振り返り、思考を深めています。

一方、オフィスで働く私たちは、どれだけ「何もしない」時間を確保できているでしょうか。
何もせず今日1日の出来事を振り返って反省したり、自分の行動や考え方をよりよくするための方法を考えたりしているでしょうか。
大半の人は、「何もしない」時間を確保できていないでしょう。
電車に乗れば、携帯電話みたり、本を読んだり、ゲームをしたりします。
オフィスに着けば仕事です。
仕事が終わり、家に帰る電車のなかでは、行きと一緒。
そして、家に帰るとテレビを見たり、ネットサーフィンをしたりするでしょう。
もしかしたら、まっすぐ家に帰らず、勉強会に参加しているかもしれません。

私たちは、疲れた、といいながらも意外と「何もしない」時間を確保できていません。
「何もしない」ということをもったいない、とすら考えています。
しかし、「何もしない」時間は、自らの行動や考え方を反省する時間であり、自分自身との対話の時間でもあります。
まさに自分の内面を磨き上げる時間です。
私は、意識して何もしない時間を「もったいない」と考えてしまいます。
それだけ、自分を省みず、自分と向き合う時間を確保できていない、ということでしょう。

みなさんはいかがでしょう。
みなさんは、ワッチしていますか。

ちなみ、このマグロ漁船のお話は、齊藤正明さんからお聞きしたものです。
マグロ漁船の厳しい環境とそこで交わされる豊かなコミュニケーションの経験を元に、講演や組織改革のコンサルタントをされている方だそうです。
http://www.nextstandard.jp/

大変、面白いお話でした。
私はまだ著作を拝見したことはないですが、是非読んでみたいと思います。

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