Archive for 2010年10月

Androidの今を学んだ@DevLOVE

10月 22, 2010

2010/10/20(水)にDevLOVEが主催するAndroidの勉強会「この掌からできること」に参加してきました。

一応、スタッフぽい位置づけでの参加だったのですが、スタッフのみなさんのスタッフ力が高く、ほぼ一般参加者としての参加となりました。
ということで、レポートを書いてスタッフ的な役割を果たしてみようと思います。

印象に残っているのは、矢野りんさんが仰っていた、
・できるだけ早く動かしたい
・細かい修正にギリギリまで耐えたい
という言葉です。(自分のメモをもとにしているので不正確かもしれません)

この言葉は、デザイナーではない開発者の自分と全く同じです。

もともと受託開発をしていると、UX(ユーザーエクスペリエンス)はおろか、画面のデザインですらぜいたく品の扱いです。
お客さんからの要望がない限り画面のデザインを気にしません。

お客さんも画面を作り込むぐらいであれば、その時間をつかって「もう1つ機能を追加しよう!」という話になりがちです。
ですので、そもそもがデザイナーを名乗る人が、現場にいることがありません。

デザイナーの方がいる現場というのは、ユーザーの使い勝手がクリティカルなビジネス要件になる現場だと思います。
現場にいる方が、デザインを気にしない現場の私のような開発者と同じ価値観をもっている、というの嬉しい一致でした。

この一致は、受託やシステムを通じたサービス提供というビジネス形態が似ているだけでなく、ビジネス環境も似ている事によるのかもしれません。

なるべく早くビジネス価値の高いサービスを提供したい、と考えると、

・動かない、という最悪のリスクはできるだけ早く潰したい
・顧客のビジネス環境も変更しやすいので、その変更を反映したい

そのような価値観が自ずと生まれてくるのでしょう。

アジャイル開発に注目する開発者たちもまた、この2つを早めに満たしたい、と思っています。
第一線で活躍するデザイナーの方も、仕事現場にはアジリティを求めているのだな、と思いました。

次にお話された、江川崇さんのお話で印象に残っているのは、

「ちょっと使えない」という状況を我慢すればもっと良いものが出てくる

という言葉です。

江川さんはIMoNiというAndroidのアプリケーションを開発されています。
このアプリケーションは、AndroidPhoneでdocomoの絵文字やデコメールを使用可能にするサービスです。
docomoユーザーであれば機種がなんであれ使用したいサービスを、少人数で提供されています。
しかも、圧倒的な資本力をもつ企業よりも、早くサービスを提供されているのです。

なぜ素早くサービスが提供できるのか。
その答えは、テストをしないから、だそうです。笑

江川さんの答えは極端ですが、ようするにサービスに求められるの品質の水準が違う、ということです。

一般的に、日本の消費者は品質に非常に厳しい、とよく言われます。
とくに、有償のものにたいする要求は過剰ともいえるものがあります。

そうした消費者の要求に答え続けてきた結果が、日本の産業に優位性を与えているのは確かです。
一方で、品質への厳しい要求が、新しいサービスが生まれてくることを妨げているというのも確かなようです。

IMoNiが企業よりも素早くサービスを提供できている、という事実は、その象徴です。

ただ、江川さんは過剰に品質にこだわる風潮も変わるかもしれない、と仰っていました。
その証拠の1つとして挙げられた製品が、iPhoneです。
iPhoneは、その利便性やエンターテイメント性によって一般消費者に受け入れられました。
しかし、そのプロダクトの品質は、おそらく日本の製造の基準は満たしていないのではないか、というのです。

私も周囲からは、iPhoneを使いながらアプリケーションがよく落ちる、頻繁にOSをリブートしている、などの声を聞きます。
利用者からすれば、そうした状況は非常にストレスを感じ、不便なはずです。
そして、iPhoneは非常に高価です。

しかし、文句を言いながらも、iPhoneを手放そうとはしません。
品質に厳しい、といわれる日本人がです。
おそらく、24時間、365日いつでもストレスなく使えるサービスへの要求より、サービスを利用しているときの便利さや楽しさが優っているからでしょう。

過剰に完璧さを追い求め、奇抜で面白いサービスが生まれづらい日本という市場で、

「ちょっと使えない」という状況を我慢すればもっと良いものが出てくる

こうした環境が生まれつつあるのかもしれません。
そして、AndroidというOSもそうした環境づくりを後押ししてくれるかもしれません。

最後は、日本Androidの会のテスト部、宮田友美さんのお話でした。
デモの準備をされていたのですが残念ながら動かず、という厳しい状況ながらお話をしてくださいました。

発表内容は具体的、実践的でした。
具体的なツールにも、使用方法にも言及があり、テストに悩む開発初心者の人の役立つ内容でした。
個人的にびっくりしたのは、CIのツールとしてHudsonを使用されている、というお話です。
Androidのアプリケーションを作成される現場でも、すでにHudsonが導入されている。
CIツールとしてのHudsonの存在と実力の大きさを感じました。

また、すごいな、と思ったのは、「テスト」という部門がすでに独立して活動している、ということです。
これは、上述の江川さんのお話の対極の価値観かもしれません。
やはり日本の開発者にとっては、品質は簡単に切り捨てられない、重要な観点なのだな、と感心させられました。

以上が、DevLOVE勉強会、「この掌からできること」のレポート、というか適当なまとめです。
ビアバッシュとLTについては、途中で退席してしまったため、書けません。
参加された方には、是非、感想を書いていただきたい、と思っています。

実業務よりも、遊びと勉強会

10月 10, 2010

つい先日、勉強会よりもブログと実業務、という相反するようなタイトルでエントリを書きました。
しかし、その考え方と実業務よりも遊びと勉強会という考えは、相反するものでありません。
要はバランスの問題なわけです。
とはいえ、そのバランスを取ることこそが難しいのです。

実業務にしっかりと取り組むことは大切です。
仕事をうまくやろう、効率化しよう、と考えたときに、最初にするべきことは実業務にどっぷりと浸かることでしょう。
実業務に慣れることが、その仕事をうまくやる、効率化する、という力を与えます。
そして、実業務に慣れる過程で「こうしたほうが良いかも」という発想が得られることもあります。

また、実業務に携わりながら、成長につながる知識や情報を得たり、知恵をつけたりできるなら確かに効率的です。
確かに、仕事で成果を出しつつ、学習も出来れば一挙両得です。

しかし、現実はそんなに甘くありません。
実業務に慣れるだけで効率化できることや解決できる問題は、すぐになくなってしまいます。
それは、同じような業務でに携わり続けて、同じような思考回路を使い、同じようなプレッシャーのもとで仕事をしていれば、行動も思考も固まってくるからです。

この状態は、仕事にたいする行動と思考が習慣化された状態と言って良いかもしれません。
習慣化された状態は、既存のことをうまく行うことできます。
しかし、この状態は、新しいこと始めたり、問題を解決したりするためには、適さないのです。

問題を抱え続けているような状態では、今までなかった解決策や視点が必要になります。
しかし、習慣化された状態では、なかなか新しい発想はでてきません。習慣により、同じことには同じようにしか取り組めないからです。
そのため、問題を解決できない状態が長引くことになります。
なにより、現状に慣れすぎて、その場にある問題にそもそも気づかないこともあります。

習慣化された状態を脱するためには、新たな刺激を受ける必要があります。
実際に行動を変え、環境を変える必要があるのです。
同じような環境で、同じような行動をしていて意識だけを変えよう、とうまくはいきません。

だからこそ仕事から離れる必要があるのです。
実業務を早く切り上げてでも、勉強会にでかけたり、飲みに行ったり、趣味に時間を費やしたりすることで、新たな刺激を受ける必要があるのです。

これは早く仕事を帰ることや飲んだり趣味に時間を費やしたりすることの言い訳ではありません。
実業務の改善を考えていれば、仕事に関係ない遊びをしていても、頭の片隅には仕事などの問題意識が存在します。
その頭の片隅にある問題意識が思考のフックとなって、関係ないことをやっていても、問題解決のヒントが得られたりするものなのです。

しかし、このような考え方は、通常の受託ソフトウェア開発業者には馴染みません。

ビジネスモデルが人工(にんく)である以上、人が休む、仕事に従事していない状態はそのまま稼ぎのマイナスになるからです。
人工というビジネスモデルは、働いている人の数に、人の値段をかけた金額で、労働力を売っているからです。
そして、有給休暇とは人工のビジネスモデルを採用している企業にとって、収入がなく支出がある状態を意味します。

このため、人が仕事をしていない状態は、非稼働率、として管理され、なるべく働いている人が多い状態を企業は維持したがります。
そうした取り組みが管理職へのプレッシャーとなり、ひいては一般の従業員へとそのプレッシャーが伝播します。
結果、一般の従業員が休暇を取ることはおろか、仕事を早く切りあげることにすら、罪悪感を持ち始めるのです。
このようにして、休暇を取得することが難しくなってゆくのです。

実業務に慣れることが仕事の効率化に繋がる期間もあります。
また、仕事が休みづらい以上、実業務にどっぷり浸かり易い環境もあります。
ですから、実業務に携わり続け、習慣化することによる仕事をうまくこなし、効率化すること簡単できます。

しかし、その状態が続くと、休みの取り方が分からなくなってしまいます。
そして、習慣化された状態から抜け出せなくなるのです。
会社や企業は、実業務や仕事の進め方を教えることはあっても、休暇のうまいとり方などは教えてくれません。
だからこそ、仕事よりも休みをとること、遊びに行ったり、勉強会に行ったりする習慣を身につけることが重要になるのです。

「この状況が落ちつたら、ちょっと休んで旅行でも行こうかな」
「今日はできたら、仕事を早めに切り上げて勉強会へ行こうかな」

こんなことを言いながら、実行できない人がいます。
習慣化から抜け出せていない人たちです。
そんな人たちを見ていると、実業務よりも遊びと勉強会、この考えが重要だと実感するのです。

月を目指して(6)~プロジェクトから抜けることになりました~

10月 3, 2010

先月末をもって、アジャイルを標榜するプロジェクトから外れることとなりました。
プロジェクトに参加します、という報告を書いたので、終了報告として個人的な反省を書きたいと思います。

今回のプロジェクトでは、チームにいったいどのような価値を提供できるか、が最後まで定められないままだったと思います。

途中合流という形でプロジェクトに参加したとき、自分がチームへ提供できる価値はテストである、と定めて取り組んでいました。
全く未知の業界のため業務知識はなく、オープン系の知識が不足している私としては、唯一、提供できるものがテストの経験と知識であると考えたのです。

しかし、それは間違いでした。
自分が取り組んできた作業にも、生み出したアウトプットにも意味がなかったとはいいません。
ただ、それはチーム内で必要な役割を引き受けたにすぎず、必ずしも価値を提供していたとは言えなかったと思うのです。

仕事ができる、と称される人は、自分の周囲にいるステークホルダーにたいして価値を提供しています。
しかし、価値は、単にその人がもっている能力ではありません。
また、担っている役割をこなすだけで、価値は提供できません。

仕事ができる人は、誰が、どのようなものを望んでいるか、を的確に把握して提供しています。
くわえて、現状ではどの人の望みを叶えるべきか、の優先順位もしっかり把握しています。
ようするに、プロジェクトやチームの状況、すなわちコンテキストを共有し、的確な行動をとっているのです。

だからこそ、周囲のステークホルダーに高い価値を提供し、できる、と周囲の人たちに称されるのです。

役割を担うことは無価値ではありません。
もっている技術力や知識もまた無価値ではありません。
しかし、それらの価値は、プロジェクトやチームの状態に左右されるのです。

技術力や知識は、提供する価値の基礎でしかありません。
それらを誰にたいして、どのように提供するのか、こうした視点をもちふるまうことが、価値を提供することにつながるのです。
だからこそ、プロジェクトやチームのコンテクストを理解することが重要なのです。

しかし、今回のプロジェクトでは最後までプロジェクトのコンテクストが共有できず、そのために状況に合わせた的確な行動をとることができませんでした。
誰が、なにを望み、どの望みを叶えるか、を理解しないまま、テストという役割に従事していたのです。

プロジェクトのコンテキストを知る努力を怠ったこと。
コントキストを理解せず、自分の価値を自分の能力を基準に定めたこと。
結果、プロジェクトのコンテキストに合わせて自らの役割と行動を考えることができなかったこと。

こうした点がプロジェクトを離れるいま、反省すべきことだと思っています。