Kindleをいじりながら電子書籍の未来を考えた

最近、Kindleを使い始めたことで、電子書籍とそれにまつわるビジネスについて強い興味をもつようになりました。
Kindleを使用して感じたこと、それは電子書籍においても、集中できる個人的な空間を用意できるのだ、ということです。
この実感は衝撃的でした。

デジタル、というと個人的な空間であっても集中に適した環境を提供してくれるものではない、というイメージが私にはありました。
その代表がパソコン、PCです。
現代の仕事ではPCを使うことが大半です。
ですが、PCには集中力を維持することを阻害する要因があります。
それは、「なんでもできる」ということです。

不得意、苦手、やりたいくない作業をPCでやろうとすると、その作業に集中できません。
せざるを得ない作業を差し置いて、不要なメールチェックをしたり、ネットサーフィンをしたりしがちです。
1つのことしかできない、というのであれば、仕方なく作業に着手せざるを得ません。
そして、せざるを得ない作業を続けているうちに、もしかしたら集中して取り組めるかもしれません。
しかし、他にもたくさんのことができると、どうしても他の楽な作業をしてしまいがちです。

読書をしている最中に、メールの着信を知らせるポップアップができたり、twitterができたり、という環境。
読書が好きな人が望む環境ではありません。
電子書籍に興味がありながら、iPadに手を出さなかった理由の1つはこうしたPC的な性格があるプロダクトだからです。

iPadは集中した読書空間を提供しない、と直感的に思ってしまったのです。
だからこそ、Kindleに触れたときは衝撃でした。
Kindleは、読書に無関係なあらゆる機能を排除して、集中できる空間を提供しているのです。
加えて、「読みたい」と思ったらすぐに手に入る利便性、「たくさんの本を持ち歩ける」という携帯性、「本を安く買いたい」という経済性、を読者に提供しているのです。

ただ、一点、私が慣れを必要としたことがあります。
それは、ページの切り替わりです。
Kindleはページをパラパラめくれるような連続性がありません。
ページを切り替えようとすると、表示中ページが消えて、次のページが浮かんでくるのです。

その間、一瞬の間がちょっと気持ち悪く、集中力がそがれてしまうのです。
とはいえ、PCやスマートフォンでWebページを閲覧するように、ロード中に固まってしまうことはありません。
慣れてしまえるレベルのものです。

しかし、Kindleが電子書籍とともにビジネスとして成功するか、というのは未知数です。
懸念点の1つは、デバイスの圧倒的な価格の高さ、です。
現在は、日本語に非対応である、という圧倒的なマイナス要素は今後なくなるにしても、1万円以上も支払うデバイスは、読者にとっては大きな先行投資です。

「読んでみたい!」という本がAmazonで販売されており、紙の本は800円、電子書籍は400円で売っているとします。
明らかに電子書籍を買うほうが値段は安いのですが、Kindleをもっていない読者はどちらを購入するでしょうか。

Kindleが仮に1万円であるとして、価格分を取り戻すには、800円から400円に割引された本を25冊、1万円分も買う必要があるのです。

その紙の本だけ読みたい、と思っている読者は決してKindleを購入し、電子書籍を買うようなことはしないでしょう。
もしも、Kindleを購入するとしたら、やはりその本以外にもたくさんの本を読み、Kindleを購入した元を取れる人なのです。

この点から、現在のところKindleを購入する人は、自分の時間を読書に割く、という人にしか手を伸ばさない商品だと思われます。

もう一つは、現在のAmazonユーザーおよび将来の電子書籍ユーザーがそもそも、集中した読書空間を読者が求めるのか、という点です。
読書好きの人たちが集中できる読書空間を求めると仮定してKindleは作れています。(というように私は感じています。)
しかし、それらの人が読む本というのは、どれだけ電子書籍の対象となるのでしょうか。

現在のところ、消費されている電子書籍は、
・日本では、漫画および女性向けのBL(ボーイズ・ラブ)小説
・アメリカでは、SF小説および恋愛小説
だといわれます。

これらの作品はどちらかというと、集中した空間で読む、というジャンルではないと思うのです。
むしろ、ゲームやネットサーフィンと同列に並び、スキマ時間を使って読まれるジャンルではないでしょうか。
そして、それは静かな個人的な空間を欲するジャンルでないと思うのです。

もしも、スキマ時間をつかって読まれるものであるとするならば、本しか読めないKindleよりも、いろいろできるiPadのような、PC的なデバイスが好まれそうです。
たとえば、iPadでの作業が終わってちょっとした時間がある。
その時間を使って、ダウンロードしてある電子書籍を読む、というような状況が考えらえそうです。

現在、Amazonで本を買い求めているユーザーは本当に、集中できる読書空間を求めているのでしょうか。
集中できる読書空間を求めている読者は、俗に活字中毒と言われる人たちではないでしょうか。
また、中毒とはいわれずとも、時間をつくって本を読む人たち、読書を趣味としている人たちです。
そして、Kindleはそのような人たちをターゲットとしたデバイスであるといえます。

しかし、現在のところ消費されているコンテンツは、そうした人たちが好むジャンルではなく、大量消費されてゆく性質が強いジャンルであるような気がします。
そのため、現在、Kindleを通じて購入している作品が、iPadのようなPC的なデバイスでも簡単に購入できるようになったら、もしかしたら、Kindleを所有するひとは、いなくなるかもしれません。

電子書籍が、ゲームやネットサーフィンとして消費されるものであるならば、読者はKindleよりもいろいろなことができるPC的なデバイスに手を出すのではないでしょうか。

読書好きと自認する私としては、現在のところ、Kindleが提供してくれる読書に集中できる空間に価値を感じています。
しかし、電子書籍が出版形態の一部となり、消費されてゆくなかで、電子書籍をもとめる人たちが、本当に集中できる読書空間を求めるのか、というのことは定かではありません。

現在、Amazonは電子書籍という分野では、圧倒的な勝ち組となる企業と考えられています。
しかし、本当にそうなるのか。
電子書籍を購入し、読むプラットフォームとしてKindleは読者に支持され続けるのか。
こうした点は、まだ未知数なのではないか、と思います。

そのようなことを考えると、電子書籍は非常に面白いビジネスになると、感じるのです。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。