Archive for 2011年3月

かいちょーが会社から去った

3月 31, 2011

殴り書きではある。
けど、今日中に書き上げることに意味があると思うので、推敲もなくアップした。

タイトルのとおり、今日、かいちょーが会社を去った。
僕が、「かいちょー」と読んで敬愛するプログラマは、良くも悪くも思い切りの良い男だ。
会社を辞めるにしても、このご時世にフリーになることを選択する、というのは、それが良く表しているのではないかと思う。

かいちょーが会社を去るのは必然だったと言わざるをえない。
なにせ、上司から「おまえのやりたいことは会社にいたら実現できない」とすら言われていたからだ。

とはいえ、かいちょーが会社に辞めされたわけではない。
むしろ、会社が見限られた、というべきだろう。

おそらく、かいちょーが一番堪えられなかったのは、プログラミングを軽視した社の体質だったのだと思う。
もっといえば、システムを作り込む、ということ自体への軽視と言ってもいいかもしれない。

それは、「誰でも分かるようにプログラムを書け」という言葉が、「プログラミングができない人でも保守できるようにオブジェクト指向などの設計技法を放棄したプログラムを書け」というコトを意味する環境であったことで知れる。

僕は、幼稚園や小学校で「最後は手をつないで一緒にゴールする徒競走」が行われていることに、眉をひそめる人間だ。
というのは、わざわざ能力の低い人間にあわせて、能力をもっている人間のやる気を引き下げる愚行だからだ。

それは、悪平等だ。
そして、そんな悪平等で一番傷つくのは、能力をもつ人に情けをかけられている能力のない人間だ。
小学校からずっと足が遅い僕にはそれが分かる。

そんな馬鹿なことが行われている会社に、かいちょーがいられるわけもない。
会社に所属するために、そんな慣習に迎合することは、かいちょーからすればプログラマとしての仕事の放棄だ。
そして、情熱と誇りの放棄だ。

プログラマがいない会社にシステムは作れない。
かいちょーが居なくなることは、僕の今いる会社がシステムを作ることを放棄しつつある1つの現われではないか、と思う。
が、会社のことはこの際どうでも良い。

かいちょーとの付き合いは、僕を変えてくれた。
僕はかいちょーをみて、もっとプログラミングを勉強しなければ、とおもった。
だから、今、JavaScriptの写経をやり始めている。

僕はかいちょーと一緒に遊びにいきながら、レバニラってウマそうだなって思った。
今では、レバーは生でも焼いても、食べれるようになった。

僕はかいちょーにさそわれて、コミケって参加した。
いつのまにか、同人誌の記事まで書いていた。

かいちょーから学ぶことは、たくさんあった。

会社をやめたらから、これっきり、ということはないと思っている。
今後とも、僕に良い影響を与えて欲しいと思っている。

いままでありがとう。
今後とも、よろしく。

見栄でエントリを閉じた

3月 27, 2011

今日、1つのエントリを閉じた。

Slim3に触っていたら、日本のソフトウェア産業になんとなく失望した

なぜエントリを閉じようと思っていたのか。
それは、明らかにとじたエントリが情報を求めてきた人たちに、有益な情報をもたらすものではないからだ。

当該のエントリに来る人は「Slim3」という単語で検索をしているらしかった。
なので、自分で「Slim3」と打って検索したところ、結構、上位に自分のエントリが現れた。

googleであれ、Bingであれ、検索サイトの良さは「自分が探している情報が手に入れられる」ということだ。
そして、検索、という行為は能動的だ。

検索サイトや検索結果が、「こんな感じの情報ないかな」という期待に応えてくれないと、裏切られたような気分になる。
そして、かなり「イラッ」っとする。

僕が書いたエントリは、その典型だ。
タイトルからしても、Slim3を馬鹿にする意図は全くないにもかかわらず、Slim3を攻撃しているかのようになっている。
いわゆる、釣り記事っぽいのだ。

エントリの主旨はSlim3を触っていて素晴らしいな、とおもったものの、それを活かそうという流れすらない周囲にたいする愚痴だ。

そのため、エントリに、
Slim3がすばらしい!
Slim3やテストファーストの考えがキャッチアップできてないなんてダメすぎる!
という2つの意見が混ざっていて、非常に読みにくいのだ。

そのうえ、Slim3にたいする言及自体があまりなされていない。

Web上で手に入れられる情報は、価値のあるものが多いと僕は思っている。
すくなからず、googleやBingというフィルター機能を使うことで、絞りこまれた情報は非常に有益だ。

見つけたい、知りたい、と思ったことを調べて、見つけられなかった経験は、ほとんどない。
周囲の人々に聞くよりも、圧倒的に的を射た情報が手に入ることもしばしばだ。

しかし、この僕のエントリはあきらかに、人びとが有益な情報を得ることの邪魔になっている。

そもそもこのブログは、現代アートを中心として、自分の考えをダラダラ書く、という目的のため作られた。
だから、エントリの質を気にするものではない、と思っていた。

とはいえ、現実に自分のエントリが邪魔になっているのを気づいてしまうと、片付けてしまいたくなった。
なにより、つまらないエントリを書くやつだ、とおもわれたくない、という見栄がある。

閉じたエントリがいつまでWeb上に情報としていつまで残るかわからない。

ただ、エントリが検索に引っかからなくなるまで、居心地のわるい時間を過ごすことになるんだろう。

10を維持するエンジニアの偉大さを再確認する

3月 12, 2011

ソフトウェア開発は、0(ゼロ)から1(イチ)を生み出す仕事、そして、もうひとつは1を10(ジュウ)にする仕事により成り立っている。

0から1にすることも、1を10にすることも、それぞれに優劣はない。
1から10にする仕事は、1のものがないと意味を成さない、という指摘は正しい。
ただ、0から生み出された1のままであれば、そのものにも価値はない。

ソフトウェア開発は、ドキュメントか頭の中にあるかは別として、仕様や発想に基づいたプログラムを創りだす行為だ。
それは、無から有を生み出す神にはかなわないものの、創造といってよい、0から1を生み出す行為だ。

しかし、創りだされたままのプログラムは大抵、不具合を含み、未完成だ。
だから、テストやデバックや顧客からのフィードバックを通じて、1を10にしてゆく、品質を磨き上げる作業が必要になる。

僕は、自らをアーキテクトと名乗ろうが、プログラマと名乗ろうが、テスターと名乗ろうが、エンジニアと名乗ろうが、「価値あるものを生み出すこと」に矜持を感じる人びとをエンジニアだと思ってきた。

しかし、それは間違いだった。

生み出されたサービスが稼動し続けること、10を維持することに矜持を感じ、働いているエンジニアもまた多くいるのだ。

2011/03/11、宮城や長野を中心として、大きな地震が日本を襲った。
地震の揺れは、生まれて30年近くたつ僕にとって初めて経験する大きなものだった。

はじめて、職場から家に帰るために十数キロの距離を歩いた。
震源地の近くの方々に比べれば微々たるものだが、僕も、被災者だった。
初めて被災経験だった。

5,6時間ほどの一人きりの帰途では、孤独と不安に襲われた。
「どのような経路でかえればいいのか」「電車やバスは動いているのか」「ほかの人たちはどうしているのか」など、さまざまな考えが頭をめぐった。

そんな僕の孤独や不安を解消してくれたのは、ネットだった。
GoogleMapとかTwitterとかさまざまなネット上のサービスが、僕を救ってくれた。

道が分からなくなったらGoogleMapで調べ、交通情報や誰がどうなっているか知りたかったらTwitterで調べた。

また、電話が通じなくても、メールをすれば親や兄に連絡をとることができた。
有事に際して僕は普段とかわらぬサービスを享受することができた。

有事に際して、普段と変わらぬサービスを提供することは、大変難しい。

しかし、多くのネットの上のサービスはそれをやりきった。
それを支えたのは、「運用」と称される仕事に携わるエンジニアたちだ。

運用という仕事は、厳しい。
普段からストレスなくサービスを提供することが普通で、何かあれば文句を言われる。

場合にはよっては、24時間そのサービスが稼働することを求められる。
そして、その仕事をやりきったとしても当たり前のことと受け取られ、その行為には喝采が浴びせられることは少ない。

エンジニアをやっていれば、多少は運用の凄さと辛さは分かる。
ただ、多少分かるだけ、に過ぎない。

普段、不満も不安も感じずに、サービスを享受し過ごせているのは、多くの「運用」に携わる人びとのおかげだ。
彼らは、僕を始めとした多くの人びとに安心を提供し続けているのだ。

とくに福島第一原子力発電所の一件に関わっているエンジニアには、感謝を表現する言葉が見つからない。

テレビから流れてくる事態の変化を見守りながら、彼らが守っている日常の大切さ、そして、その日常を取り戻すことの難しさを痛感させられた。

こんなことを考えさせられているのは、僕が普段、運用や原発そのものに無関心である証拠だ。
そして、非常事態に直面して謙虚になり、感傷的になっているからこそ、こんな反省をしている。

この気持ちは日常生活を取り戻してしまえば、忘れてしまうだろう。

だからこそ、感謝の気持ちをブログを書いておく。

普段、人びとには評価されづらくても、ただただ平穏を守り続けるという矜持がある。

日常生活の守護者たる、彼らの矜持と仕事に敬意を評したい。

感謝。