モノのカタチは価値を伝える道具だと思う

少しぼやけてわかりにくいけれど、この写真を見てほしい。

可愛らしいリボンのカタチの絆創膏だ。

デザインに親しむと、デザインはデコレーションとは違うということに気付かされる。
デザインは意図も意味もなく、ものの姿や形を飾り立てることではない。

では、上記の写真のリボンのカタチの絆創膏はどうだろうか。
単に絆創膏をリボンのカタチにすることには全く意味が無いだろうか。

おそらくある。

写真のパンフレットに女の子が掲載されているが、ちょっと見た目を気にする女の子は、普通の絆創膏よりもリボンの形を選びそうだ。

もしかしたら、男の子だって普通の絆創膏をするよりは、リボンの形を選ぶかもしれない。

見た目をちょっと変えるだけで、傷とダサさをイメージさせる絆創膏が、可愛らしい、ポジティブなイメージに変わる。

カタチを変えるというのは思った以上にインパクトがある。

使用する材料がかわったり、同じ材料でも使用する量が変わるかもしれない。

絆創膏だったら材料の切り抜き方が変わるから、切りぬくための型がかわったり、効率良く材料を使うための材料の利用計画が変わるかもしれない。

そして、使う人たち、見る人たちのイメージを変えてしまう力がある。

見る側、消費する側のイメージが変わることで、そのモノの価値が変わることがある。

たとえば、時計だ。

時計は時間を知るものだ。
しかし、一方では富の象徴であったり、美的な嗜好を表現するものとなる。

富を象徴したり、美的な嗜好を表現したりする時計は、「正確な時間を知りたい」という欲求を満たすものではなく、「時間を計算して行動できない」という問題を解決するものでもなくなる。

時計は「目立ちたい、金銭的優位を誇示したい」という欲求を満たすものであり、「見た目が貧弱で軽視されがち」という問題を解決するものになりうる。

機能を変えずに見た目を変えることで、同じ機能をもつものが、別の意味や価値をもつ。

そして、意味や価値を変えることで、人びとその商品を消費する態度を変えることもある。

たとえば、リボンの絆創膏はちょっと高くても子供たちのお気に入りになってよく売れる商品になるかもしれない。

もしかしたら怪我をしていないけど、おしゃれとして自分を飾り立てるために使うかもしれない。

そうしたモノの価値を変える場合に、形を変える、というのは単純な発想かもしれない。
カタチを変えるだけで、それを使う人たちの感覚や体験を変えることはそう多くないかもしれない。

ただ、モノのカタチを変えるということは、そのモノが発信する価値を変えるということがありうる。

普段使うものが少しおしゃれだったり、良いイメージなったりするだけで、消費者の少しだけ良い気持ちになるかもしれない。

カタチを変え、見た目を変えることは、姑息な手段かもしれないけれど、ときにその意味を受け取った人たちの感情や経験を変えてしまう力をもつ。

リボンのカタチの絆創膏は「かわいさ」という、リボン型の絆創膏の価値を消費者に伝える。

その時にリボンのカタチの絆創膏は、単に傷を保護するものではなくアクセサリーとして消費される。

カタチを変えることは、ときにモノの価値を変える力になる。

リボンのカタチの絆創膏を見て、そんなことを再確認した。

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