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境界は大切だ、と根拠を示して説明できる経験を得られる1年にしよう

1月 3, 2015

この投稿は、DevLOVE Advent Calendar 2014 「越境」の58日目(たぶん。。)の記事です。

境界は越えようと思うとき邪魔になるのだけど、これがあるから居心地がいい場が生まれる。
境界がない世界は、本来、交わらないほうがよい人たちや価値観が交わることがある。

たとえば、僕が10代のときからアニメおたくと呼ばれる人たちがいたり、ルーズソックスをはくヤマンバギャルいたりした。
ただ、こういう人たちは僕の日常に姿を表わすことのない人たちで、彼女ら彼らが何をしているか、など興味がなかった。
もちろん、彼ら彼女らも僕の生活には興味がなかっただろう。
だから、お互いのコミュニティは独立が保たれており、似たような背景と価値観、そして言葉が通じる人たちだけの関係性だけで生活が成り立っていた。
この環境は、居心地がいい。
自分の価値観が大きくゆらぎ、不安にさらされることは少ない。
自分にとって不快なものをみて、イライラしたり、その結果として毒づいたり、することも少ない。

最近、クソリプというのがちょっと話題になったけれども、これも境界が曖昧になっているから発生する。
自分の知り合いだけが読むことを前提とした文章が、境界がないばかりに背景も価値観も言葉も異なる人たちに消費されることで起こる。
つぶやく方もからんでゆく方も、境界を意識していないから、自分の表現がどのように消費されるかわからないし、表現されたものをどう消費してよいのかわからなくなる。

だから、そこに境界が存在し、あるコミュニティがあり、そのなかで暗黙に共有される背景や価値観がある空間があると心地よいのだ。

しかし、いまの心地良い人間関係や環境に浸りつづけていると、その状態に飽きる。そして、焦る。
このような状態でいいわけがない、と考えるようになる。
ぬるま湯につかっていることがわかるし、そのぬるま湯がいつの間にか熱湯に変わって自分がゆでガエルになるという危機意識もでてくる。

だから、昨年末、居心地が良いながらも、焦りがある場からぬけだして、働く場を変えた。
さまざまな人たちを師として、またさまざまな現場に学ぶこと目的として。
しかし、自分が学ぶだけでなく、自身がその人たちと現場に価値をもたらすことも目指して。

そして、前職ではいわゆるWeb系のベンチャー企業に勤めていたが、今回はSIを主な事業とする会社に務めることにした。
これも単一のWebサービスを行っている会社にいると、どうしても代わり映えのしないドメイン、技術、メンバーでの開発になりがちだったので、
プロジェクト単位で、異なるドメイン、技術、メンバーと取り組める事業を営んでいる会社を選択した結果だ。

境界を越えたら、そこには異文化と異なる知が存在する。
境界を単なる邪魔者として考えるのではなく、異なる価値を醸成するものとして境界をみつめて、越境することを楽しみたい。

ということで、明日は59日目、rei_mさんです。
今日が抽象的な話になったので、具体的な経験談や抱負を聴かせていただければ嬉しいですね。
よろしくお願いします!

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