Posts Tagged ‘国立新美術館’

プログラマーとマン・レイの相似

8月 15, 2010

ブログを書くこと、スポーツをすること、自らを着飾ること、音楽を奏でること。
こうしたことにおいて私たちは、自己や美意識を表現しようという抑えがたい欲求をいだきます。
私生活ではもちろんのこと、仕事でも同様です。

例えば、私はシステムエンジニアです。
システムエンジニアとして、たとえどんな言語を使用していたとしても、コードを書くときはアーティストであろうとします。
コードを書くこと、プログラムを生み出すことにたいする哲学と美意識をその作業とプログラムに込めようとします。
そして、ひとたびプログラムを誰かが見る、と耳にしたら、自らの哲学と美にたいする自信を感じつつ、批判や嘲りを受けるかもしれないという恐怖にかられるのです。

とはいえ、私は同僚などからとりわけコードを書くことにこだわりを持っているとは思われていません。
そして、自身でもコードを書くことそのものに強いこだわり感じていると思ってはいないのです。
こんな人間ですら、プログラムを書くときには上記のようなアーティストであろうという感情を抱くのです。

この業界は多少はあれど、コードを書くときにはすべての人はアーティストなのです。

むしろ、アーティストとしての意識の強い人は、私のようにシステムエンジニアなどとは名乗らず、プログラマーと名乗るでしょう。
また、プログラマーは私のように恐怖など感じないでしょう。
むしろ、自らの才能と作品を評価しようとしない周囲に憤りを感じ、自らの作品を誇ります。
しかし、周囲には気付かれないように、その作品をさらに磨き上げる努力を惜しまないのです。

私が、国立新美術館で目にしたマン・レイと作品と生き様は、このプログラマーというIT業界の革新を支える人たちを思わせます。

マン・レイの魅力は、その自由な活動とアーティストとしての強烈な意識です。
ヴォーグなど、今もなお存在するファッション誌の写真家として成功し、ピカソ、ヘミングウェイ、ジャン・コクトーなど名だたる著名人たちを被写体としてなお、彼は画家としての成功を夢見ました。
そして、「写真は芸術ではない。私は写真家でもない。」という言葉を残しています。
マン・レイは単に、被写体を記録する道具として写真を捉え、レイヨグラフ、ソラリゼーションとよばれる作品群を創り上げてなお、彼は自らの写真を芸術とすることをよしとしなかったのです。

そして、自由に平面と立体、写実と創作の世界を自由に行き来した人でもあります。
絵画や写真などの平面の世界、オブジェやチェスの駒のデザインといった立体の世界。
正確に姿を写しとる写真の世界、ダダ、シュールレアリスムという無意識と幻想の世界。
マン・レイはその興味と意欲の向くままに活動を行ないました。

マン・レイは、アーティストであるという強烈な意識を持ち続け、その創作意欲と表現を抑えこむようなことをしませんでした。
一時期は、活動の中心であり、名声の源泉であった写真から遠ざかり、絵画に取り組んだ時期もあります。
結果、死してなお、写真以外の多くの作品と共に「マン・レイ」の名は、シュールレアリスム、ダダの中心的なアーティストとして残ることになりました。

マン・レイは、このアーティストとしての評価を受ける自身の未来を予言しています。

ワインも新しいうちは酸っぱいが、年を経るうちにまろやかな味になっていく。それと同じように、写真も初めは単なる技術に過ぎないが、やがては本物の芸術になるのだろう

自らが芸術ではない、とした写真について、マン・レイはなぜ、なお芸術となりうると言ったのでしょうか。
私には、アーティストである彼の自尊心がこの言葉を言わせたように思えます。
すなわち、アーティストである自分が写真という技術に関わったのだから将来はきっと芸術に昇華する違いない、と、

私の業界にもアーティストであろうとする、システムエンジニアとプログラマーがたくさんいます。
彼らのそうした意識こそが、写真と同様にプログラムにおいても、マン・レイの予言を実現させる日、すなわち、プログラムとそれを生み出すプログラミング、コーディングという行為を芸術に昇華させる日がくるかもしません。

しかし、受託システム開発においてお客様の役に立つのか。
これはまた別のお話し、でしょうか。

【会場情報】
◆国立新美術館-「マン・レイ」展
http://man-ray.com/
◆TAB-マン・レイ 「知られざる創作の秘密」 展
http://www.tokyoartbeat.com/event/2010/E879

【作家情報】
◆マン・レイ(Man Ray)
Wikipedia-マン・レイ

Wikipedia-Man Ray

【次の予定】
◆未定

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ジョン・ルーリーと福田尚代の作品を楽しむ

3月 22, 2010


2010/03/20(土)にワタリウム美術館で開催されている「ジョン・ルーリー」展、そして、国立新美術館で開催されている「ARTIST FILE 2010」展を鑑賞してきました。

本当のことを言いいますと、ワタリウム美術館のある青山の外苑前には「おいしいハンバーガー屋がある」と聞いて出かけたのです。
しかし、その店に向かう途中に近代的なビルでありがなら、少々古めかしい印象をたたえたワタリウム美術館を発見し、興味がそそられたので寄り道することにしたのです。
結果、寄り道して正解でした。
美術館を訪ねるのが初めてなら、ジョン・ルーリーの作品を観るのも初めてでしたが、非常に見応えがありました。
ジョン・ルーリーの皮肉たっぷりで、退廃的な作品と、ひび割れを起こしている窓ガラスや小さなエレベーターがあるところどころ古めかしい部分がある美術館の雰囲気がよくあっていて素敵でした。
展覧会の満足感たるやたいしたもので、当初の目的のハンバーガーを食べることを忘れて、次の目的地、国立新美術館のある乃木坂へ向かわせるほどでした。

国立新美術館で開催されている「ARTIST FILE 2010」展は個人的に思い入れの強い展覧会です。
というのも、私が現代アートに興味を持ったのが、去年、開催されていた「ARTIST FILE 2009」展を鑑賞してからだからです。
去年の展覧会の空いた会場で、齋藤芽生や津田実生などの作品をゆっくり鑑賞して、

現代アートおもしろい!

と感化され、それ以降、好んで現代アートの展覧会へ足を運ぶようになりました。
そうした作品との出会いが、今回も必ずある、と期待して会場を訪れました。
結果、ここでも当たり。
福田尚代というアーティストの素晴らしい作品を鑑賞することができました。

<皮肉、退廃、ときどきさわやか?>
ジョン・ルーリーというアーティスト。
もともとは「ラウンジ・リザーズ」というバンドのサックス奏者として活躍し、80年代、90年代にはモデル、俳優としても活躍した人。
ジャズに詳しくないのでわかりませんが、自らの音楽を「フェイク・ジャズ」と呼んでいて、80年代から、かの有名なバスキアなどと絵を描いていたらしい。
90年代後半には、難病を患って音楽活動と俳優としての活動を休止しています。
近年、80年代から描いていた作品を含めて個展を開催し始めます。

作品は、皮肉っぽくユーモアに富んでいる、という印象です。
作品のタイトルも長く、個性的なものが多いです。
たとえば、

『男の手がフォークになってしまった。彼を信じるな。』
『親愛なる神様へ、私はあなたに直接質問をしました。たった一度でいいので、お答えください。真心をこめて。ヴァーンより』

などが挙げられます。

色調は暗く、それが退廃的な雰囲気をかもし出しています。
モティーフは鳥やウサギなど動物が多かったように思えます。
なんとなく、世界を斜めにのぞき、人嫌い、の印象をうけます。
だからこそ、かも知れません。描かれる世界には、独自の世界観があります。

私が見せられたのは、タイトルが長い作品として上で取り上げた、『親愛なる神様へ、私はあなたに直接質問をしました。たった一度でいいので、お答えください。真心をこめて。ヴァーンより』という作品です。
暗めの作品が多いなか、画面全体が彩度の高い、青と緑が画面の全体を占めている作品です。
草原たたずむ男が大きな青空を見上げている、という場面としては、単純な作品です。
しかし、暗い調子の作品が数多く飾られる空間のなかでは、その単純で明るい作品が異彩を放ちます。
そして、「ヴァーンはちゃんと答えを得られたのか、おそらく得られなかったんじゃないかな」という不思議な失望感をおぼえるのです。

明るいながらどこか不安と失望を感じさせる。
皮肉で、不安が支配する、退廃的な世界。
ジョン・ルーリーの作品は、逃れられない暗さをもっている、と感じました。

<文字と絵画の融合>
国立新美術館で目を奪われたのは、福田尚代というアーティストの作品です。
読書好き、そして美術好きの私としては、その2つの好きなものが融合した作品に魅せられてしまいました。

手紙や名刺に刺繍を施した作品。
既存の文章をつかいながら、新たな物語を生み出す作品。
文字によって描かれる淡い色のグラデーションの作品。
消しゴムを素材にした作品。

絵画、彫刻という芸術作品において、文字、文章は、末席に追いやられる傾向にあります。
というのは、文字や文章は説明的だからです。
文字が作品のなかに登場し、作品の世界観や価値を説明してしまうと、鑑賞者は興ざめです。
お笑い芸人が、自分のネタが何故面白いか、をネタをやらずに説明するようなものです。

もちろん、その作品を創作したアーティストの人となりや価値観は、作品の魅力や価値を知ることの重要な手がかりです。
だからこそ、キャプションやカタログなどでは、アーティストの人となりや活動の歴史を説明します。
また、作品そのものの魅了を説明します。

特に、絵画や彫刻ともなると、文字や文章は作品の外に置かれたり、作品の中に登場するとその意味を奪われたりします。

しかし、福田尚代の作品は、文字が主役です。
文字には意味があり、それらが作品を魅力と価値の一翼をになっています。
文字や文章は単なる記号ではなく、見せるものであり、その意味を解釈する対象として作品に登場します。

『不忍 蜘蛛の糸』という作品は、遠めで観るとアクリルの絵の具で描かれた、美しいグラデーションの抽象画です。
しかし、近づいてみてゆくとそれが線や点で描かれていないことに気づきます。
小さく書かれた「蓮」の連続が絵画のグラデーションを生み出しているのです。
描かれた絵画は抽象的なグラデーションでしかありません。
しかし、それらが「蓮」という極楽浄土を象徴する文字で描かれていることがわかると、その作品の意味が理解することができるようになるのです。

説明的でなく、しかし意味のすべてを取り除かれてもいない、絵画のなかの文字。
微妙な均衡によって支えられるその存在は、繊細でやわらかい作品をつむぎだしています。

<パスポート制っておもしろい>
最後にワタリウム美術館のジョン・ルーリー展で、はじめての経験をしました。
それは、パスポート制のチケットです。
名前を書いておけば、会期中なんどでもその展覧会を鑑賞できる、というものです。

家の近所にある美術館ではないので、そう何度も足を運べる、というわけではないですし、実際、近くにあっても何度も足を運ぶことはないかもしれません。
しかしながら、チケットを財布に入れておいたら、ちょっと時間があったときに足を運んでみよう、と思うかもしれません。
そうすれば、足を運んだついでに、美術館のミュージアム・ショップで買い物をするかもしれません。
また、カフェで食事を取るかもしれません。

1回以降はタダ、という有効なマーケティングを実践している美術館、という意味でもワタリウム美術館はおもしろい存在です。

【会場情報】
◆ワタリウム美術館-「ジョン・ルーリードローイング」展
http://www.watarium.co.jp/exhibition/index.html
◆TAB-「YOU ARE HERE」
http://www.tokyoartbeat.com/event/2010/A740

◆国立新美術館-「アーティスト・ファイル2010―現代の作家たち」展
http://www.nact.jp/exhibition_special/2009/03/af2010.html
◆TAB-「アーティスト・ファイル2010―現代の作家たち」展
http://www.tokyoartbeat.com/event/2009/E961

【作家情報】
◆ジョン・ルーリー(John Lurie)
・strange&beautiful music
http://www.johnlurieart.com/art/

◆福田尚代(Naoyo Fukuda)
・福田尚代の回文と美術
http://naoyon.web.fc2.com/

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「DOMANI明日」展の開放的な雰囲気のなかで作品を楽しむ

12月 27, 2009

<開放的な明るい会場>
2009/12/19(土)に国立新美術館へ「DOAMNI明日」展を見に行きました。
「DOMANI明日」展は、文化庁の在外研修制度によって海外に派遣された作家たちがその成果を発表する場です。
どのような新しい作品を観ることができるのか、楽しみにしながら会場へ向かいました。

会場の国立新美術館はとても明るくて開放的です。
白い壁と高い天井、そして、明るい照明。
そして、各作家ごとに、かなり大きな空間が割り当てられています。
壁一面の大きな作品、大きな空間にちりばめられるように展示されている小さい作品、また、あえて照明をおとして落ち着いた雰囲気の中に展示される作品など、作家が作品を思い思いの形で展示しています。
大きな空間を使って作品を展示するとができる、ということは作家たちにとっては面白いことだろうな、と思いながら作品を見て回りました。

<気になる3人のアーティスト>
今回の展覧会には、12人の作家の作品が展示されています。
その中でも気に入った3名を簡単ですが紹介します。

◆栗本夏樹
漆と蒔絵など、伝統的な手法を用いて作品を製作されています。
伝統的な素材と手法によって製作されているからといって、古臭さはまったく感じられません。
漆や朱漆、金、銀、果てはボンネットを用いた作品の数々は、伝統的な手法と現代の感性やモノとの混ざり合い、新鮮味を感じます。
また、パレスチナ・シリーズやコリア・シリーズ、ジャパン・シリーズなど、国自体をモティーフにして作成された作品もあり、作家が意図的に他の文化との融合を考えていることも感じられます。
クレジットを見ても、日本にさまざまな国の文化が流れ込んできた時代に興味がある、との主旨の文がありましたので、自身の興味がストレートに作品に反映されているのだと思います。

◆伊庭靖子
クッションや磁器の静物画です。
モティーフを聞いても、静物画と聞いても、面白そう!とは感じないかもしれません。
しかし、作品を観るとそのすごさがわかります。
モティーフの立体感と質感、光の捉え方が、卓越しています。
クッションの絵はおもわず触ってみたくなります。
磁器の絵は、磁器がカンヴァスから飛び出して見えるので、立体的なカンヴァスを使って描いているのではないか、と絵を真横から見て確認してしまうほどです。

過去に光を捉えようとした印象派、という人たちがいましたが、伊庭靖子は新時代の印象派、と言ってよいのでは、と感じました。

◆安田佐智種
都市のビル群をモティーフにした写真です。
生き生きとした、そして、迫力ある都市の写真の数々を眺めていると、都市の喧騒や息遣いを感じます。
特に、壁一面に張られた大画面の都市の写真は、鑑賞している人たちに襲いかかってくるようです。

写真は、ビル群のはるか上空にたって見下ろすような構図です。
ですが、単に高所から見下ろすように写真を撮影しても、あのような作品にはならないと思います。
何か特別な手法が施されているのではないか、と思います。

<マイアートは、能装束Ⅱ>
最後、マイ・アート、「この作品は買いたいな」とおもった作品です。
『週末はギャラリーめぐり』を読んでから、作品を鑑賞するときの視点のひとつして「自分だったら買う」という作品を、マイアートとして紹介しようと思い立ちました。
ちなみに、マイアートという言葉は、同書の著者、山本冬彦さんの言葉を拝借しております。

今回のマイアートは、栗本夏樹の『能装束Ⅱ』です。

漆と蒔絵、による作品で、ビジネスバック程度の大きさの作品です。
漆の落ち着いた色合いと、蒔絵と螺鈿のきらびやかさが調和している作品でした。

この作品を一目見て、「家の白壁に飾り付けたいな」と思いました。
気になる方は、是非、会場に足を運んで実際に鑑賞してみてください。

【会場情報】
◆国立新美術館-DOMANI・明日展2009
http://www.nact.jp/exhibition_special/2009/03/domani.html
◆TAB-「未来を担う美術家たち DOMANI・明日展2009」
http://www.tokyoartbeat.com/event/2009/E961

【作家情報】
◆栗本夏樹(Natsuki Kurimoto)
google-”栗本夏樹”による画像・検索結果

◆伊庭靖子(Yasuko Iba)
・yasuko iba home
MA2 Grallery-artists_Yasuko Iba

◆安田佐智種(Sachigusa Yasuda)
google-”安田佐智種”による画像・検索結果

【次の予定】
◆「No Man’s Land」展 @フランス大使館 ※現在はホームページが閲覧できませんでした(2009/12/27)
◆TAB-「No Man’s Land」展
http://www.tokyoartbeat.com/event/2009/4B1A

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