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『ひとつ上のチーム。』ってなんだ?!

12月 6, 2009

かなりまえになりますが、『ひとつ上のチーム。』という本を読みました。
コピーライターの眞木準が編集をつとめ、広告業に携わる人たちの理想のチームについての考えを、纏め上げた本です。
編集の眞木準をはじめとして、登場する人々は「見たことある!」、そして、その時代で話題となった広告に携わってきた人たちです。

私が当時この本を手に取ったのは、広告業とソフトウェア開発、はとっても似ているところがあると思っていたからです。。
まずは働く単位がプロジェクトである、というところです。
何か広告を生み出すときには、その期間に人が集められ、広告という成果物を生み出し、チームは解散、となります。
ソフトウェア開発でも、お客様からの依頼があり、いつまでにシステムを納めるかという納期(プロジェクトの期間)を決め、システムという成果物を生み出し、開発チームは解散となります。
次に、肩書きにカタカナが多いことです。
広告業では、クリエイティブディレクター、コピーライター、デザイナー、CMディレクター、フォトグラファー、プロデューサー、マーケティングディレクターなどなど、まだまだたくさんの肩書きがあります。
ちなみにソフトウェア開発では、プログラマー、プログラムマネージャー、プロジェクトリーダー、アーキテクト、コンサルタント、さらにはシニアプログラマーなどなど、です。

2つの共通点をもつ広告業とソフトウェア開発は、日本における立場には天と地ほどの違いがあります。
今、就職活動に励んでいる学生も多いかと思いますが、そのほとんどの人たちは「広告業って面白そう」、と思って採用試験を受けると思います。
一方、ソフトウェア開発については「面白そう」と思って、採用活動を受ける人たちが何人いるでしょうか。
また、広告業のこうしたチーム論の本を出せば広告業以外の人も手に取ることはあるでしょうが、ソフトウェア開発の人たちがこうしたチーム論の本を書いた場合、どれほどの人たちが手にとるでしょうか。
自分が仕事をしている業界を悪く言いたくはありません。
そして、現に今の仕事にはたくさん面白みを感じています。
ただ、一般の人たちはおそらく、現場にあるソフトウェア開発の面白みをまったく知らない。もしかしたら、興味もないかもしれません。
なので、本を読んだ当時は、こうしたチーム論の本を作り売り出せる、という広告業の立場の人たちをうらやましく思いました。

<チームの二論>
今回、私がこの本を取り上げたのは、2009/11/25(木)に「すくすくスクラム」「チームとは何だ?!」という勉強会に参加したからです。

広告業とソフトウェア開発の共通点は、上記に挙げた働く単位、肩書きだけでなく、意識する組織の単位がチームである、という点もあげられます。
もちろん、会社という大きな組織に所属しているのは、他の業界と同じです。
しかし、プロジェクト、という単位で働いて成果をもとられるので、意識する組織の単位は会社ではなく、プロジェクトのチーム、という単位です。

「すくすくスクラム」の勉強会では、スクラムという開発手法をもちいたシステム開発プロジェクトに携わる人たちのチームにとって大切なことはなにか、優れた成果をだす「ひとつ上のチーム」とはなにか、グループワークを交えて学んできました。
講師は、アジャイル開発の導入支援などに携わるodd-e-Japanの代表取締役、エマーソン・ミルズさんです。

・良いチームは統一的な理念、目標をもっている
・人は育てるのではなく、育つ
・失敗は人とチームを育てる
・管理できる失敗を仕掛けることでチームの成長を促すこともできる

など、チームやチームを構成する人についてのさまざな指摘がなされたのですが、私の印象に残っているのは、

・うまくいっているチームを解散させてはいけない

という言葉です。
うまくいっているチームとは、チームのメンバー同士の信頼も高く、成果も出していいるチームです。
こうしたうまくやっているチームの良い部分を、他のチームに波及させるため、うまくいっているチームを解体してしまうことは、プラスがないとミルズさんは言います。
うまくいっているチームとは、仲の良いメンバーで楽しく仕事をし、成果を出している。
にもかかわらず、成果を出したとたんに解体してしまったら、仕事をうまくやるインセンティブはない、というのです。
たしかに、うまくいっているチームほどチームメンバーの仲もよく、楽しくは働いている印象があります。
そして、そのようなチームを解体させることには利点はないのかもしれません。

実際、私が今、所属しているチームもおなじ会社のシステムを10年以上もの間、開発から保守・運用まで携わっているチームです。
そして、長い期間、それほどメンバーが変わることなく、続いているチームです。
私自身も、入社して半年後にそのチームに配属されたから、一貫してそのチームに所属し続けています。
ですから、ミルズさんがおっしゃっている同じチームに所属することの利点を実感しており、共感をもちました。

しかし、仲が良いからといってずっと同じチームで仕事するべきなでしょうか。
ずっと同じメンバーで仕事をすることでチーム内での知識や技術の属人化が進んでしまわないのか。
そして、誰と一緒じゃなきゃダメ、そして、成果が出せない、というのでは、その人にはあまりにも柔軟性がたりないのではないか。
そのような疑問も抱いてしまいました。
仲の良い、やりやすいチームでやることが成果をだすことにつながる、というのは事実でしょう。
一方、現実としては、誰とでも、どのような状況でも成果を出すことを求められます。

『ひとつ上のチーム。』でも以下のような2つの対極の考えが紹介されています。

まずは、チームの人にはこだわりを持つのがプロフェッショナルな仕事をする条件である、という考え方です。

誰と組んでもいい仕事ができるというわけではありませんから、組む相手はおのずと決まってきます。これはやむをえないことだとぼくは思います。
いいかえれば、チームがうまくいくかどうかは、その人が優秀であるかどうかだけで決まるものではないということです。
スターばかりを集めたドリームチームをつくれば、それで何もかもがうまくいくわけではない。仕事の出来を考えれば、嗜好が一致しているかどうかのほうがはるかに大切です。(p.53)

次に、チームの人にこだわりをもつのではなく、誰とでも仕事ができる柔軟性をもとめる、という考え方です。

ときどき、コピーライターは誰で、アートディレクターは誰でなければ、いい仕事ができないといってはばからない人がいますが、その姿勢は本当のプロフェッショナルのものとはいえないとぼくは思う。
そうではなくて、一定以上のレベルのスキルをもったスタッフとならば、誰とでも組める。目的に向かって、誰とでも課題を解決してみせる。
そういう姿勢であらゆる仕事にのぞめるのが、真のプロフェッショナルであり、その哲学のもとで編成されるのが、本当のプロフェッショナルチームではないかとぼくは思います。(p.95)

ひとつは、自分のチームというものをもち、メンバーにこだわりをもちながら仕事をすることで成果を出すことがプロフェッショナルの仕事であり、気心の知れたメンバーで組織されるべきだ、という考え方。
もうひとつは、自分のチームやメンバーにこだわりを持つのではなく、誰とでもプロジェクトの目的を共有しよいチームを築き上げて成果を出すのがプロフェッショナルのしごとであり、特定のメンバーにこだわることは意味がない、という考え方。

ひとつ上のチームにたいする考え方には、こうした対立的な2つの考え方あるようです。

<理想のひとつ上のチームを作るために現実を受け止める>
この対立的な2つの考え方はどちらが正しいのでしょうか。
私は、前者が良いチームとしての理想、後者が良いチームとしての現実、なのではないか、と考えています。

嫌な仕事を嫌なメンバーをやるよりも、好きな仕事を組んでいて楽しいメンバーとやって成果を出すほうが良いほうに決まっています。
よく言われますが、嫌な仕事を嫌なメンバーとするには、人生は短すぎます。
楽しみながら成果を出す、こうしたチームが理想です。
しかし、現実には自分が所属できるチームを選ぶことはほとんどできません。
会社やプロジェクト、お客様といったさまざまな要素によって、自分が所属するチームは決められてしまうことが一般的です。
システム開発においては、システム規模が大きくなればなるほど、自分が所属するチームを選ぶことは難しくなります。
システムのこの部分は自分の会社、この部分はあの会社、ハードウェアの管理はその会社などと、自分の仕事とかかわりをもつチームは大きくなって行きます。
ですので、たとえ自分の会社内でよいチームをつくり、維持することが定着しても、それだけでは理想の良いチームで仕事することはできません。
そのときに必要なのは、

理想のひとつ上のチームを作り上げる行動を起こす

ということなのだと思います。
そして、チームの人にこだわりをもつべきでない、という考え方は、こうしたときに前を向くために必要な考え方なのだと思います。
プロジェクトメンバーのとして集まった自分たちの目標を共有し、自分たちの能力を遺憾なく発揮すること、そうして優れた成果をだすことで、プロジェクト内の人と人との関係も成熟してくるのではないでしょうか。
そのために自分が理想のチームにいないことを嘆かず、理想のひとつ上のチームをつくるために行動すること。
こうしたことの背中を押すために、現実のひとつ上のチーム論が存在するのではないか。
そのように私は考えています。

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